うちのお店前の畑で野生化しているイチゴ。収穫が終盤を迎え、ますます甘みが濃くなり、味に深みが出てきています。

イチゴと人間の成熟、同じだと感じます。

収穫の初期は、見た目が良くて張りがあり、エネルギーが溢れていました。口にすると、甘酸っぱくて元氣が出ます。人間の年齢でいうと20代~30代くらいでしょうか。夢を追い、理想に燃えて、打ちのめされても立ち上がる日々。

収穫終盤の現在、小粒で柔らかく、深い甘みは幸せ感を満たしてくれます。人間の年齢でいうと60代くらいでしょうか。年を重ねるにつれてますます人に喜ばれ、優しさと深みで人を魅了する。

イチゴがそんな風に熟すように、人間として素敵に成熟したいものです。しかし、どんなに先のことを憂いても、コントロールできるのは“今(イマ)”だけ。

イチゴはどんな“”を過ごして、素敵に熟しているのか?

光、空氣、土、水。これだけではありませんが、自然界から絶え間なくエネルギーを補充する“”の連続の結果、美しい成熟を迎えるように感じます。おもしろいことに、これらはどれも人間の手で造り出すことはできません。

もう1つ付け加えるとしたら、人の意識。温かい思い、優しい思い、愛溢れる思いが、イチゴにもウツされ、反映されていると直観します。

人としての美しい成熟に必要なモノも同じであると思います。お日さまの恩恵を受け、新鮮な空氣を吸い、大地に素で接し、良質の情報を含んだで全身の細胞を満たす。

そして、美意識。高い意識ともいいます。何が美しく、何が美しくないのか。そんな感性を日々磨きたいものです。

“今”というこの瞬間の連続に、イチゴのように天然自然のエネルギーを十分補充してきた結果、美しい成熟という自己表現が可能なのかなと感じました。