今日の早朝4時ころ、2歳の娘が「おしっこー💦」と言って、爆睡している私を起こしてきました。一瞬何が起きているのか分かりませんでしたが、これはよくあること。すぐに状況を察知してトイレに一緒に行きました。

寒くなってくると、夜中のトイレに付き添うのは、なかなか面倒なことです。その時、ふと感じたことは、面倒ではあるけれど、“手がかかるから”、“かわいい”、“愛おしい”という感情が湧き出てくるのだなぁということです。もしも子どもに手がかからなかったらどうでしょう? 妊娠も陣痛も体験しない父親には、これほどカワイイという感情は出てこないのかなと思いました。

 

これは様々なことに言えます。

例えば車を愛している人。マメに洗車をして、メンテナンスをして、少しの傷も放っておけません。手をかけて愛しています。

ネコが好きで飼っている人。それほど好きでもない人からしたら、飼わなければ楽なのにと思うけど、エサをあげ、寝床を用意して、排泄物を片付けます。愛おしいから、手をかけられるのか。手がかかるから、愛おしいのか。どちらにしても、手をかけて、愛しているようです。

 

人にしても、趣味にしても、何かを愛することは手がかかるようです。

 

そう考えていくと、日常の悩みも、“手がかかるから”こそ“大切さ”や“愛しさ”が分かるのだと実感します。

例えば身体的悩み。胃が痛むから胃の大切さが分かるし、腰が痛むから腰がカラダの要(カナメ)であると分かります。

人間関係の悩み。ココロが傷つくから、言葉を大切にしようと思うし、辛い思いをするから、大切な人を大切にしようと思います。

お金の悩み。足りなくなると困るから、お金を大切にしようと思うし、食えなきゃ困るから、志事があることの有難さが分かります。

 

人ってついつい悩みにフォーカスして、辛い方へ自分を追い込んでしまう習性がありますよね。でも、少し俯瞰(ふかん)して観てみると、大切なモノ、愛すべきモノを伝えてくれる大事なメッセージなのかなと思います。